繊細さんが、今日も行く

~自分の機嫌は自分で取りつつ、50代の日々を楽しむ~

サスケの常連という生き方

一年数ヶ月ぶりに実家の母に会いに来ています。

 

母はもう80代半ば。

 

玄関を開けてもらってビックリ!久々に見る母は、キレイな白髪ウェーブヘアーになっていました。

 

前回会ったときは父(母の夫)の四十九日だったため、いかんせん憔悴してる感が否めませんでした。

 

しかし今の母は顔色も良く髪型もファッションも実にオシャレで、とても元気そうに見えます。

 

母、私、そして娘の女三代でアレコレ話しているうちに、すっかり夜になりました。

 

話し疲れてテレビをつけると『サスケ』の巨大な装置(?)が画面いっぱいに映りました。

 

「もう何年見てないだろう…?」そんな気持ちでいたところ、母に「一緒に見よう!」と誘われ、何年ぶりかでサスケをフルで楽しむことになったのでした。

 

さて、私が常日頃から考えている問いのひとつに、「人はどう生きるのがいちばん幸せか」というものがあります。

 

仕事に邁進することか。

家族仲良く暮らすことか。

趣味を楽しむことか。

お金をたくさん稼ぐことか。

たくさんの友人に囲まれることか。などなど。

 

現段階の仮説は、「なにかに没頭できる生き方がいちばん幸せ」というものです。

 

その没頭の対象は、仕事でも趣味でもなんでも構わない。

 

ただ、寝ても覚めてもそのことを考えているくらい、いわば「取り憑かれている」というレベルでハマっていることを意味します。

 

そんな対象を見つけ出すのは容易なことではありませんよね。

 

常日頃からそんなことを考えている私にとって、サスケの常連さんたちこそがまさしく「いちばん幸せな生き方をしている人たち」に見えたのでした。

 

サスケの常連選手は、ほほ例外なく自宅にサスケ専用のトレーニング施設をもっています。

 

彼らの自宅には「反り立つ壁」や「サーモンラダー」など、どうやって作るのかもわからないものたちが所狭しと並んでいます。

 

家族やサスケ仲間に囲まれながら、意気揚々とトレーニングを積み、「サスケは人生そのもの」と言い切ってしまうシンプルな思考。

 

サスケはあくまでもテレビ番組のひとつであり、ゲームに過ぎない。

 

そんなふうに思うことが許されないほどに、彼らのサスケ愛は深いわけです。

 

最初のうちこそ、「体育会系的シンプル思考」と感じていた私でしたが、20何年連続出場している人や、謎の派閥(?)を作り後輩を引き連れて練り歩くミスターサスケことY氏を見ているうちに、「まてよ。この人たちってたしかにサスケバ◯だけど、これだけバ◯になれるのって一種の才能だし、私が常日頃から思っている一番幸せな生き方ってやつなんじゃないの?」

 

そう思えてきたのです!

 

「お金をかけてこんなトレーニング施設を作って体を鍛えてばかりいないで、その時間必死に働けばいいのに(しょうもないね)」と母は言います。

 

戦争を経験している昔の人からしたらそう見えても仕方のないことなのかもしれません。

 

ですが現代を生きる私にはそんなことはとても言えません。

 

無我夢中で取り組めるものを見つけ、それを通して同じものを愛する仲間と出逢い切磋琢磨する

 

これっていちばん幸せな生き方なんじゃないか。

 

この仮説はほほ確信に迫りつつあります。

 

 

自分自身このブログを書き続けてきて思うのは、あれこれ考え過ぎるほど幸せな気持ちからは遠のくということです。

 

考え過ぎず、シンプルにその時にやりたいことをやる。

 

それでハマれたら超ラッキー!

 

そんなふうに思う今日この頃です。

 

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(新幹線の窓から見た雪景色です)

 

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